フランDグルコース p53誘導体dbグルコース コラム

心をはっきり持ち、それが自分の希望になり未来になっていく

心をはっきり持ち、それが自分の希望になり未来になっていく

心をはっきり持ち、それが自分の希望になり未来になっていく

 

自分には関係ないと思っていました

 

二人に一人はがんの時代・・・そうはいっても、身内にはガンで亡くなった者はおらず、自分自身も子宮がん検診などで引っかかったことがなかったから、正直他人事でした。

 

数年前、同居している姑がガンになって、初めてガンが身近なものだと感じ、またその病気は告知後、手術前後、経過観察・・・とそれぞれの時で感じるイメージも変わっていきました。

 

はじめは、ガンと聞いて絶望を感じました。

 

あまり関係が良い姑ではありませんが、可哀想だと思いました。

 

調べていくうちに、早期発見ならば生存率は格段に上がること、抗がん剤や放射能は副作用に対する処置もしてもらえること、治療しながら今までの生活を送るための制度やサポートがあることなども徐々にわかってきました。

 

ただ、検査結果から手術方針を話し合う期間がとても短い。

 

これが自分だったら、告知のショックを受けて、頭が混乱している間にばたばたと手術や治療について自分で決断していかなくてはならないのは大変だと思いました。

 

事実、姑は一刻も早く体から悪いものを取り除きたいという感じで、誰にも相談せず、自分ですべて決めていきました。

 

本人はどうしたいか、どうされたいか

 

姑は、放射線治療・抗がん剤治療ともにあまり良いイメージを持っておらず、それらを回避したかったようで、医師から部分切除で大丈夫といわれたにも関わらず、全摘を希望しました。

 

全摘すれば放射線も抗がん剤もやらずにすむから、と。

 

一方舅は大反対。いくら年寄りだといっても、胸が全部なくなるというのはダメだと。

 

それまで妻を心配して病院に付き添ってくれていた人なので、この発言も同じように心配しているからなのだなと思っていたのですが。

 

「いい加減にして!」

 

姑が怒鳴りました。

 

姑が怒った理由は、それまでの付き添いの時の舅の行動にいらだっていたからです。

 

田舎の大きな病院には知り合いもたくさん集まり、姑と同じようにガンになってしまった知り合いにもたくさん会いました。

 

姑、平静を装っていてもやはり不安だったようで、手術が終わるまで誰にも告げずにいようと決めていました。

 

病院では自分と同じようにガンらしい知り合いに会ったこともあります。

 

旦那様に付き添われたその人は、ニット帽をかぶっていて、一目で抗がん剤治療をしているのだろうと姑はすぐ気づきました。

 

何も言わず何も聞かず、一通りのあいさつを交わして帰路につく、舅と二人の車の中で、自分もああなってしまうのだろうか・・・と思っていたその時、

 

「あんなハゲになっちまうなんて、ガンってほんとやだなあ」

 

舅がそんなことをつぶやいたのです。

 

さらには

 

「職場の奴らに聞いたんだけどよ・・・」と妻の病気についていろいろアドバイスを受けてきたと言い出しました。

 

「あんたはあたしのことを考えてなんかいない!あたしがなんで周りに言わないか考えたことある?!あんたは自分の不安をなくしたいから笑い話にしてへらへらして、あっちこっちにあたしのことをべらべらとしゃべってるだけじゃない!なんであんたの親戚がうちに電話かけてきて、こそこそとあたしのことをうかがうような話をあたし自身がこたえなくちゃいけないの!!あたしは誰にも言ってないのよ!!あたしのことは放っておいて!!」

 

後半は半泣きで姑は怒鳴っていました。

 

それからしばらくは家の中はしんとしていました。

 

姑は一度爆発してしまったためか、舅に対してイラつくことはしませんでした。

 

姑のように告知を受ける人は不安だと思います。

 

一方で家族も不安に見舞われました。

 

突然の宣告は、ものすごいスピードでいろんなことを決定していかなくてはいけません。

 

今まで働いていた嫁である私の代わりに家事や育児の一切を担ってくれていた姑が入院することになって、私は子どもを預ける先を探して帆走し、時間を削って家事をこなし姑の病院への行き来の時間を確保をし、その一方で、家のことは関係ないとばかりにいつも通りに生活する舅や主人にいらいらしていました。

 

舅は姑に言われたことなど忘れたかのように、再びあちらこちらで姑の話をして、自分の不安解消をしていました。

 

うまく心のコントロールを

 

姑の手術から今は3年目です。

 

ホルモン剤を服用しながら、最初の1年は少しのことでいらいらしていた姑ですが、今はそんな状態にもなれたのか、以前のような生活をしています。

 

胸は片方なくなってしまいましたが、以前のように旅行に行き、温泉にも行っています。

 

一方で、40歳にならずに私自身が姑よりもひどいガンになっていることが発覚し、現在闘病中。

 

あの時姑がガンにならなければ、今の自分の病気に対して冷静に対処することなどできませんでした。

 

不安はあります。けれど姑の明るい今の生活を見ていると、今できることを頑張っていこうと思うのです。

 

身体の部分が欠けてしまったり、以前のように動かなくなってしまったりしていますが、できなくなってしまったことを数えるよりも、できていることを数えるようにしています。

 

他人を見てうらやましく思うこともありますが、そういうときは心が弱っているときだと自覚して、じっとその時期が過ぎるのを耐えて、乗り越えたら自分にご褒美を与えてます。

 

諦めてしまうことは簡単ですが、私の場合、諦めてしまうとくすぶってしまうので、手術前の仕事、友人、生活を手放さないように諦めないようにしてきました。

 

たまにしんどくてもういやだ、もういらない、みんな変わらないのに自分だけこんなになってしまって・・・と泣いたこともありましたが、手放さなくてよかった、離れなくてよかったと思うこともたくさん。

 

いろんな情報を目にすることも毒だと思い、ネットなどもみなくなりました。

 

自分が病気になった原因探しもしませんし、同じような病気の友達作りもしてません。

 

でもそれは私の場合であって、今病気でつらい苦しい思いをしている人には、自分が楽なこと、したいことをするようにしてと伝えたいです。

 

不安は一人で考えてもいい案はでません。そして先延ばしにしてもよいことはないでしょう。

 

自分の心をはっきりさせること、それが自分の希望になり未来になっていくのだと思います。

 

 

 

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